1. 事案の概要

この案件では、所有者A氏が1962年に亡くなって以降、長期間にわたって相続登記がされないままになっていました。その結果、不動産の名義整理も処分も進まず、空き家は何十年も放置されていました。
主な状況
- 所有者A氏はすでに死亡している
- 死亡後、長期間にわたり相続登記が未了
- 所有者は韓国籍を維持していた
- 相続関係が複雑で、行方不明の相続人もいた
- 不動産は老朽化し、地域に危険を及ぼす状態だった
こうした案件では、単に「相続人を集めて印鑑をもらう」という通常の進め方が通用しません。相続関係の確定、準拠法の検討、所在不明者への対応、裁判所手続きなど、複数の課題を同時に整理していく必要があります。このような複雑案件でも、法務・実務の両面から状況を整理し、必要な手続きを段階的に組み立てながら進めていきます。
放置された危険な空き家の状態
建物は老朽化が進み、屋根の一部が飛散するおそれのある状態でした。近隣住民からも不安の声が上がっており、そのまま放置し続けることは地域の安全面からも難しい状況でした。
しかし、権利関係が整理できない以上、すぐに売却や解体へ進むこともできません。そこで解決までの間、建物にネットやシートをかぶせるなど、飛散を防ぐための物理的措置を実施し、応急的に危険を抑える対応が取られました。権利関係の整理に時間がかかる案件では、法的手続きと並行して、こうした現地の安全確保も重要になります。
この空き家は、「売りたくても売れない」状態が何十年も続いていました。
2. 立ちはだかった3つの壁

この案件を難しくしていたのは、主に次の3点でした。しかも、これらはそれぞれ独立した問題ではなく、相互に絡み合っていたため、ひとつずつではなく全体を見ながら整理していく必要がありました。
複雑な相続関係
相続人が多数に及び、代襲相続や異父兄弟なども絡む複雑な家系図となっていました。相続人の範囲を特定するだけでも、丁寧な戸籍調査と系統整理が必要でした。
国境の壁
所有者A氏は韓国籍を維持しており、日本の不動産であっても、相続にあたっては日本法だけで即断できない問題がありました。どの国の法律に従って相続関係を考えるべきか、慎重な検討が必要でした。
行方不明の相続人
相続人のうち、妻B氏と長男D氏については記録はあるものの、日本での生活痕跡が見当たらず、生死や所在が確認できない状態でした。しかし、彼らの関与を外したままでは売却を進めることができませんでした。
このような複数の課題が重なる案件でも、法務・調査・現場対応を切り分けず、全体を見渡しながら解決の道筋を組み立てていきます。
3. どこの国のルールに従うかという問題

この案件でまず大きな壁となったのが、どこの国の法律を基準に相続を考えるかという点です。
- 亡くなった所有者A氏は韓国籍を維持していた
- 通常、相続は「亡くなった人の国の法律」に従うのが原則となる場面がある
- 一方で、日本国内の不動産であることから、日本法との関係も無視できない
さらに、日韓それぞれの法律や、いわゆる反致の問題、不動産所在地法との関係など、適用法を確定するだけでも専門的な調査が必要でした。机上の一般論では進められず、日本の民法と韓国の民法の双方を丁寧に読み解く作業が求められたのです。こうした国際的な要素を含む案件では、一つの制度だけで判断せず、関係法令を横断的に整理する視点が欠かせません。
本件での法的整理
この案件では、所有者が韓国籍を維持していたため、日本国内の不動産であっても、日本法だけを前提に相続関係を整理することはできませんでした。そのため、日本の民法と韓国の民法の両方を踏まえながら、どのルールを基準に考えるべきかを丁寧に整理していく必要がありました。
4. 書類上の「別人」疑惑をどう乗り越えたか

相続関係の調査では、公的記録同士の記載が完全には一致しないことがあります。この案件でも、戸籍や外国人登録原票などを照合する過程で、名前の漢字表記や生年月日に微妙な食い違いが見つかりました。
たとえば、相続人の一人である兄C氏について、記録上の生年月日が1日だけ違う、名前の漢字が一部異なる、といった事情が確認されました。このままでは「本当に同一人物なのか」が疑われ、手続きを前へ進めにくくなります。
どう整理したか
- 出生地の記載の一致を確認
- 家族関係のつながりを周辺事情から整理
- 複数の公的記録を突き合わせて一貫性を検討
- 総合判断により「同一人物」であることを説明
このように、記録の一部不一致があっても、周辺事情を積み重ねることで、法務局や裁判所に対して同一性を認めてもらえる場合があります。複雑な案件では記録の一部分だけで判断せず、戸籍・登録情報・家族関係・周辺事情を総合的に整理しながら、前に進めるための説明を組み立てています。
5. どうしても見つからない相続人

この案件で特に大きかったのが、妻B氏と長男D氏の所在不明です。韓国の古い除籍謄本には記載があるものの、日本国内での生活痕跡は見当たりませんでした。
- すでに北朝鮮へ帰国したのか
- すでに亡くなっているのか
- 別の地域で生活しているのか
さまざまな可能性を検討しながら調査を尽くしても、決定的な手がかりは得られませんでした。しかし、彼らが相続人である以上、何も手当てをしないままでは不動産を売却できません。つまり、見つからない相続人の存在そのものが、空き家処分の大きな障害になっていたのです。
このようなケースでは、「見つからないから進められない」で止まるのではなく、見つからないことを前提に使える法的手段へどうつなぐかが重要になります。
6. 解決の切り札となった不在者財産管理人

そこで活用されたのが、不在者財産管理人の制度です。これは、行方不明の人に代わって、その人の財産を管理・処分するための管理人を家庭裁判所に選任してもらう制度です。本人の所在が分からず、しかし権利関係の整理を進めなければならない場面で、非常に重要な役割を果たします。
不在者財産管理人の役割
- 行方不明者の代わりに法律上の手続きへ参加する
- 利害関係のない専門家が選ばれる
- 売却や協議の前提となる意思決定の受け皿になる
この案件では、司法書士などの専門家が、妻B氏・長男D氏の代理人として手続きに関与しました。それまで「幽霊」のように扱いようがなかった相続人について、裁判所が認めた実在の管理人が席に着くことで、ようやく手続きが動き出したのです。こうした所在不明相続人が関わる案件では、必要に応じて専門家と連携しながら、手続きを前へ進めるための現実的な方法を組み立てています。
7. 裁判所による慎重な審理

もちろん、不在者財産管理人は簡単に認められるものではありません。裁判所は、次のような点を慎重に審理します。
- 本当に所在が分からないのか
- 調査は尽くされているか
- 誰を管理人に選ぶのが適切か
- その管理人に利益相反はないか
今回は、妻B氏と長男D氏それぞれについて、別々の管理人が選任されました。申立てから審判までには相応の時間がかかり、手続きは一足飛びには進みませんでしたが、その分だけ法的な土台はしっかり固められました。複雑な案件ほど、急いで形だけ整えるのではなく、裁判所の関与も含めて手続きを丁寧に積み上げることが、最終的な解決の確実性につながります。
行方不明だからといって、勝手に省いて進めることはできません。裁判所の関与を得て、正式な管理体制を整えることが不可欠です。
8. 手続き中に起きた想定外の事態

さらにこの案件では、長い審理期間の途中で、相続人の一人が亡くなるという想定外の事態も起きました。
通常であれば、ここで新たな相続が発生し、関係者が入れ替わり、手続きが大きく振り出しに戻るおそれがあります。ただでさえ長期化している案件にとって、これは非常に大きなリスクです。
ところが、この案件では救いがありました。亡くなった相続人が生前に公正証書遺言を残していたため、相続の承継関係が比較的明確で、地位の引継ぎをスムーズに整理することができました。
その結果、手続き全体が頓挫することなく、継続して進められました。長期化する案件では、関係者の死亡というリスクも現実に起こり得るため、遺言書の存在が大きな意味を持つことがあります。長期案件では途中で新たな事情変更が起こる可能性を見据えながら、手続きが止まりにくい進め方を意識して対応しています。
9. 帰来時弁済という特例的な整理

行方不明者がいる案件では、売却代金のうちその人の取り分をどう扱うかも問題になります。通常は、その取り分に相当する金銭を管理財産として確保し、本人が現れたときに備える形が基本です。
しかし今回の案件では、建物解体費などを差し引くと、手元に残る金銭はごくわずかでした。そこで、特例的な整理として、「もし将来本人が現れたら、その時に親族が支払う」という約束、すなわち帰来時弁済を取り付ける形が採られました。
- 現在の管理財産をゼロにできる
- 管理人の任務を無事に終了しやすくなる
- 実情に即した柔軟な解決が可能になる
もちろん、こうした整理はどの案件でも使えるわけではありません。ただ、財産額や案件の実情を踏まえたうえで、裁判所の関与のもとに柔軟な解決策が取られることもある、という点は重要です。このように一般的な型に当てはめるだけでなく、案件の実情に応じて使える制度や整理方法を見極めながら、解決可能性を探っていきます。
10. まとめ

所有者が韓国籍で、相続人の一部が行方不明という今回の案件は、一見すると手の打ちようがないように見える空き家問題でした。しかし実際には、準拠法の整理、記録の照合、所在不明者への対応、裁判所手続きといった課題を一つずつ積み重ねることで、長年動かなかった案件を解決へ進めることができました。
所有者が外国籍で相続人不明の空き家でも、決して「解決不能」ではありません。
大切なのは、問題が複雑だからこそ途中であきらめず、現状を正確に整理し、使える法的手段や進め方を見極めていくことです。時間がかかる案件であっても、必要な確認と手続きを重ねながら進めることで、道が開けることがあります。
空対協でも、このように複雑な事情を抱えた空き家案件に対し、状況整理から法的手続き、実務対応までを見据えながら、解決に向けた進め方を組み立てています。相続関係が複雑で進め方がわからない、行方不明の相続人がいて止まっている、外国籍が関わっていて難しいと感じている場合でも、まずは現状を整理することで見えてくる道筋があります。